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2006.01.29

ピアノ物語

昨日、今日と2日間、家で原稿執筆やレジュメ作りで缶詰になっています。かなり頭がボーっとしてきて、気分転換にピアノを弾こう・・・・と挑戦。新年に引越しをして、実家のピアノが弾けるようになったのです。でも、もう10年くらいはまともに弾いていませんから、指は硬くなっているし、感は鈍っているし、腕全体の力は抜けないし、ぼろぼろです。短い曲は、ごまかして弾けるけど・・

ショパンの「小犬のワルツ」は、結構弾けてたのに・・・・あちこちで転んで老犬?ですか??
メンデルスゾーンの「春の歌」は、嵐の前ぶれみたいですか??
モーツァルトの「トルコ行進曲」は、もともと手が小っちゃくてオクターブが必死だったけど・・・??
あんまり下手くそで、近所迷惑ですぅ・・・。

これから、休みの日は、少しずつ指慣らしをして、なんとか元通りに弾けるようにしたいです。

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2006.01.28

ジュリスト特集「総合法律支援構想の実現に向けて」

昨日、いつものように、出勤しようと電車に乗って、ふと目の前の方が読んでいた日経新聞の広告に目が釘付けになりました。ジュリスト2006・2・1号(1305号)の特集は「総合法律支援構想の実現に向けて」だというもので、「法テラス」の動向に注目中の私ですから、さっそく購入をしました。

冒頭で、一橋大学の山本和彦教授の「総合法律支援の理念─民事司法の視点から」という総論にあたる小論が掲載されています。総合法律支援法が制定されたことの意義、総合法律支援の理念がどこにあるのか、ということの論説です(8頁くらいで、とても分かりやすい説明ですから、是非みなさんもお読みいただきたいと思います)。

あえて、私のつたない理解で要約をするならば、この「総合法律支援構想」というものは、国民(市民)に様々なレベルで存在する司法に対する「アクセス・バリア」=距離、費用、情報、心理的に裁判や司法に対して存在している「超え難い」「高く聳えている」壁?=を総合的に打破し、「裁判を受ける権利」を実質的に保障し、国民(市民)が自ら司法に、さらには法と正義にアクセスできるようにしていこうとする構想である、ということでしょうか。

この総合法律支援構想の基本法ともいうべき「総合法律支援法」の第1条(目的)には、「弁護士及び弁護士法人並びに司法書士その他の隣接法律専門職者~のサービスをより身近に受けられるようにするための~」というように、私たち「司法書士」のことが明示されているのです。改めて、司法書士の役割は重大だと、身が引きしまる思いで、論説を読ませていただきました。

さて、山本先生も、やはり「法教育」のことを指摘していただいてました。「心理的なバリア」・・・法や訴訟の利用を避けるという心理・・・このバリアを引下げていくには、「利用者の間に法・司法に関する情報が普及して」いくことや、「さらにそのための独自の取り組みも必要」だと指摘をされ、法教育研究会の座長をされていた京都大学の土井真一教授の論説「求められる法教育のすがた─司法ネットとの連携」『法律のひろば57巻6号』(2004年)での指摘を注記して紹介されています。また、今後の展望として、心理的バリアの打破という観点から、「国民に対する法教育の1つの拠点となることが法テラスに期待され得るのではないか」ということも述べられていました。

まだ、特集記事の全部に目をとおしてはいませんが、法務省の総合法律支援準備室の大塲亮太郎氏の論文(大塲氏は、この以前に、法教育研究会の事務局担当をされていた方です)や、多くの論説が掲載されています。みなさん、是非ご一読ください(・・・って、別に有斐閣の回し者ではありませんが(^_^;)・・・おまけ情報を申し上げると、巻頭に、高齢者虐待防止法に関する東洋大学秋元美世教授の小論「バルネラブルな人々と権利擁護」も掲載されていますから、1冊で2度おいしい雑誌です)。

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2006.01.26

「法教育」の会議

今日は、日本司法書士会連合会の初等中等教育推進委員会(法教育の委員会)の会議で、東京出張でした。

会議では、近畿司法書士会連合会で私が法教育について講義をした新人研修の報告、高橋文郎委員長がコーディネーター役で中央新人研修で実施したプロボノ活動に関するパネルディスカッションの報告、各地の取り組み状況の報告など、各委員からのいろいろな情報が出されました。
こういう様々な有益情報や、法教育そもそも論とかを、あちこちで講師活動をしている仲間の司法書士や教育現場の教師のみなさん、市民のみなさんにどんどん伝えていきたいし、各界の法教育の研究会や実践情報も仕入れに行きたいのですが、予算の縛りやらいろいろあって、なかなか思い通りにはいきません。

そんな中ですが、今、委員がそれぞれ委員として、また個人の立場だったり、何人かの委員が所属している全国青年司法書士協議会の構成員の立場だったり、様々な立場から、雑誌に原稿を執筆したり、集会に参加して報告をしたり、研究会に参加したりして、「法教育」の情報発信をしようといろいろ「たくらんで」取り組みをしています。そろそろ皆さんの目にも見えていくかと思いますので、ご期待ください?

今日、一番議論したのは、法教育研究会の「報告書」が、日本司法支援センター(法テラス)が提供する法や司法制度に関する情報の中に、法教育に関する情報の提供も想定しているのに、各地の地方準備会では、これに対する対応がまだできていないようだということです。ですが、私たち「報告書」の内容を知っている者としては、対応がされるまで待っているのではなくて、どんどん連合会内部の法教育情報を、私たちのアクセスポイント情報としてデーターベース化して準備していきませんか、というような検討をしました。

法テラスが作られるそもそもの趣旨は、法教育がめざす市民の司法制度への参加力養成と密接関連するものなのです。・・・・という話は、またおいおい触れていきたいと思ってます。

法テラスのスタートは、今年の10月1日です。みなさんの地元の様子は、いかがですか?

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2006.01.21

金利シンポ─高金利がもたらす人権侵害(本番編)

予告をしていましたとおり、本日、日本司法書士会連合会主催、大阪司法書士会協賛行事「金利シンポ─高金利がもたらす人権侵害」が、大阪司法書士会館で開催されました。
雪じゃないのか?という予報に、昨日はみんなすごく心配をしていたのですが、新聞の予告報道も見て頂いたりして、全国各地の司法書士や、大勢の一般市民のみなさんに来ていただけました。参加者はジャスト150人だったそうです。みなさん、ありがとうございました。

7月3日のブログに書きましたとおり、日本の貸金業の金利は、利息制限法違反でも出資法では29.2%まではセーフというおかしい状況が続いています。貸金業界は、この29.2%という今でもおかしい二重基準の制限をさらに40.004%という過去の高利に戻せとか、そもそも規制金利を撤廃しろという働きかけをしています。
しかし、昨年末から今月にかけて、最高裁判所が、この出資法による二重基準は認めないという立場の判決を次々と出しました(12月15日1月13日1月19日です。関心のある方は、調べてみてください)。司法は、この法律がおかしいということを、判断しているのです。

韓国では、1998年1月に利子制限法が撤廃され、クレジットの利用促進政策がとられました。その結果、信用不良者の増大、クレジット会社の経営不振などの問題が起こり、短期間に金利規制を復活させたという事情があるそうです。今日のシンポジウムでは、金城学院大学の大山小夜助教授が、日弁連の韓国調査に同行し、この問題がどのような社会的な影響を与えたのかという調査をおこなった報告をされました。
すぐ隣に、政策を誤った実例がある。この教訓はきちんと学んで、日本の社会が間違った選択をしないようにしなければ・・と思いました。

その後、高金利により人権侵害が起こっているという切り口で、リレートークがありました。
東京の後閑司法書士から、出資法の二重基準のせいで、本当は貸金業者に300万円も払いすぎていて逆に取り返せる立場だったのに、取立てを逃れて3年間も路上生活をしていた方の話がありました。結果として、彼は300万円を取り戻したが、いつ襲撃されるかもわからない、極寒で死ぬかもしれない路上生活の恐怖の中で失われた3年という時間は取り返しがつかない、という発言がありました。
大阪の柴崎弁護士からは、利息制限法違反だが出資法の二重基準の金利で貸付けをしていたサラ金が、利息制限法で計算すれば返済はとっくに終わっているはずなのに、50万円の返済義務があると取立てを続け、その結果、まじめだった人が窃盗をしてしまったというような、犯罪加害者の例を話していただきました。

借りた借金は、返さなければなりません。しかし、返せないような資力の人に返せない高利で貸し続けている金融業界にも問題があります。その結果起こっているのが、ホームレス問題であり、犯罪であり、各種の虐待であり、人権侵害や社会不安にもつながっています。返せないような資力の方に対するセーフティーネットは、高利貸ではなく社会福祉です。

その後のパネルディスカッションも、すごく具体的でした。詳しくご紹介できないのが残念です。
日司連は、昨年12月1日付で、金融庁に対して「意見書」を提出しています。貸金業界の主張の問題点をきちんと分析したものです。また、現在は、全国各地の司法書士会が、地元議会への出資法上限金利引下げ決議をもとめる請願活動を行っています。
日弁連は、高金利引下げ実現本部をつくるそうです。
労働者福祉協議会を中心に、クレサラの金利問題を考える連絡会議も立ち上げられたそうです。
出資法の上限金利は、今年中の見直しが予定されています。金融庁で論点整理を行っていて、秋口にも改正(改悪?)法案が出るそうです。短期間に、大きな声をあげていかないと、間に合わないかもしれません。
みなさんのお力添えをお願いします。

全青司の小澤さんのブログにも記事があります。)

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2006.01.20

高校の先生方との勉強会(番外編?)

今日は、高校の先生方と法教育の授業案づくりをしてきた勉強会の番外編?です。大阪司法書士会館に皆さんをお招きして、今年度大阪司法書士会が実施した法律教室の報告と検討をする勉強会を実施しました。いつものメンバー以外の司法書士も参加して、大阪司法書士会法教育推進委員会から7名、講師団から私を入れて3名、京都司法書士会消費者教育推進委員会から1名で司法書士は計11名、社会保険労務士さん1名、高校の先生が5名とその教え子さんで法学部の学生さんが1名、という大人数でした。ビデオを観られる部屋が狭かったもので、みなさん窮屈で申しわけなかったです。

さて、今日の報告は、大阪の4つの高校と京都の1つの高校で実施したいろいろな形式の「教師と司法書士とのコラボレーション授業」の取り組みについてです。準備段階から本番でテーマとした内容、特徴や反省点、ビデオ録画をした学校は映像も観ながらの報告でした。ついこの間までは生徒の立場で、今は法学を学んでいる大学生さんが、「先生たちの授業が、こんなにいろいろと考えられて準備されてできあがっているとは知らなかった。」と言って驚いてくれてました。そうですよぉ、学校の先生も司法書士も、どうすれば「伝わる」のか、「考えて」もらえるのか、すっごい苦労して授業を創っているんですよぉ。学校の先生方にも、私たちの準備段階のいろいろな思いも伝わった(かな?)と思います。

私は、11月に実施した「授業の一環」として取り組んだ講座の発表をしました。この講座は、1年かけてやる授業の一環として、担当の先生が半年かけて教えてこられた授業の内容を、司法書士が専門家として具体的な身近な例で示す・・というものでした。私たちがいつもやっている単発1時間の講座では伝えられることは限られますが、全体の授業の意図を踏まえた講座ならば、単発1時間の具体例の講座だけでも伝わることがあるのではないかと、ちょっと欲張った実践です。まだまだ練れてないですが、皆さんの感想をうかがうと、ちょっとプチヒットだったみたいです。

「せっかく専門家に来てもらう授業がハウ・ツーで終わるのはもったいない、私たちが教えている抽象的な事柄を専門家の言葉で練り直して伝えてもらうことは大切だ。法律ががらっと変わっても使えるものを伝えてほしい。」というようなことをある教師の先生がおっしゃいました。その「使えるもの」が、法教育がめざしている力なのでしょうね。でも、それを単発1時間の講座や講演で私たちが伝えるのは無理。絶対に教師の皆さんの主導や協力が必要です。そこらへんのサジ加減?、教師も司法書士も無理なく取り組めて、生徒さんたちが考えるきっかけになる授業とは???・・・・まだまだ、試行錯誤は続きます・・・。

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2006.01.16

金利シンポ─高金利がもたらす人権侵害

今週の土曜日=1月21日午後1時から午後5時まで、大阪司法書士会館を会場として、日本司法書士会連合会主催の「金利シンポ─高金利がもたらす人権侵害」が開催されます。
詳細は、こちらの案内(PDF)を見ていただくとして・・・。

多重債務事件を多く目の当たりにする私たち司法書士や弁護士は、高金利問題が、様々な社会問題を引き起こし、生存権にかかわる人権侵害をも引き起こしている・・・ということを日々実感しているところです。今回のシンポジウムでは、そのことを研究者等の講演やリレー報告によって明らかにしながら、出資法の上限金利の引下げ運動の前進につなげようという意欲的な試みです。

上記の案内は会員向けの文書ですが、このシンポジウムは、一般の皆様にもご参加いただきたい公開の催しとして企画をしています。市民のみなさんも是非ご参加ください。(もちろん、司法書士の皆さんもねっ。)

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2006.01.15

ご心配をおかけしてます?

引越し騒ぎで自宅のYahoo!BB環境が復旧しない状況が続いてます。予定では、19日には何とか元に戻りそうですが、うまくいくかなあぁ・・?AirH” を利用してのネット環境は、ちょっと厳しいものがあって、毎日短時間しかネットにつなげていません。事務所に居る間は無線ランで高速ネット環境なのですが、このところ事務所に居る時間も少なくて。そんなわけで、ブログの更新が遅れていて(楽しみにしてくれている?)みなさん、申しわけありません。m(_ _)m

でも、つくづく思いましたが、こういう仕事をしながらの引越しは、本当に無理がありますね。引越しの予定を立てたときには、年末年始なら絶対に何も重ならないと思っていたのですが・・・。この時期にこんなに予定外の会務や原稿書きが立て込んでいるとはまったくの「想定外」でしたので、今となってはえらいことをしちゃったなあ・・・と反省しきりです。どんなにお金がかかっても、全部梱包、全部復旧をしてくれるものを頼んだらよかった・・・と思いましたね。でも、大切な資料もたくさんあって、どうしても他人まかせにできないんです。しかたがないとはいえ、この作業時間中に、どのくらい原稿が書けただろうと考えるとねえ・・・。ため息がでます・・・。

ともあれ、そろそろ、ブログ更新も再開していきたいと思ってます。

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2006.01.12

今年最初の「高校生法律講座」

今日は、大阪南部の府立高校で、大阪司法書士会の高校生法律講座を実施してきました。3年生7クラスを対象に、各クラスの担任・副担任の先生と司法書士がペアになって、協力協働型の「総合」の授業として取り組みをしました。司法書士は男性4名、女性3名の7名のチームで行かせていただきました。

最初の1時間は学校の先生が中心になって、「契約」ってみんなの身近なところにあるんだよ・・ということを知ってもらうための前振り授業をしました。身近な契約の文書として旅行のパンフレットの約款などを例に、契約クイズをいろいろやります。答えは先生から言っていただきながら、解説や補足を私たち司法書士がやります。次の2時間は、司法書士の授業です。就職商法のトラブルを寸劇にしたシナリオを使って、生徒さんたちにショートコントをしてもらいながら、少しずつ、どうしたらよかったか、とか借金の話などの解説をしていきました。ショートコントの指導は、学校の先生方にお願いをしていたのですが、生徒さんたち、セリフを見ながらですが、なかなか上手にやってくれました。

・・・騒々しかったり、けっこうにぎやかな生徒さんたちでしたが、やっぱりポイントになるところは聞いてくれていたようです。感想をざっと読ませていただきましたが、結構いろいろ書いてくれていてホッとしました。卒業前に、少しでも役にたつ話、印象に残った話があったかな? うちの娘と同じ年のみなさんを見ていると、がんばれよっ!て、いつも思います。

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2006.01.08

引越しはたいへんです!

年末年始、ブログの更新がほとんどできていません。1月4日に自宅の引越しをし、パソコンも移設したためです。おまけに手違いがあって、自宅でADSLの接続が可能になるまでにかなり時間がかかりそうです。携帯からの書き込みもなかなか出来ず、当分ごめいわくをおかけしそうです。

まだ、荷物の整理やら何やかやと雑用があって、ちっとも落ち着きません。とりあえずの仕事や原稿書きに支障のないよう最低限の書物や資料の配置までは終わった・・というところです。

年賀状を出せなかった方、出したのに住所間違いで返ってきてしまった方へのお詫びもできないままでいます。今年は、このまま失礼をさせていただくことになりそうです。この場をお借りしてお詫びさせていただきます。本当にごめんなさいm(_ _)m


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2006.01.01

新年を迎えて

新しい年を迎えました。今年がみなさまにとって、良い一年になりますように、お祈り申し上げます。

さて、我が家は、新年のお祝い準備・・ではなく、1月4日の引越し準備で大わらわ状態です・・・(>_<)・・・日程的に、ここしか予定が組めなかったもので。

で、今、本棚の整理をしていたら、学生時代=1982年1月1日付=に、詩を書き写したメモが、教師をめざしていた頃の本の中から出てきました。なつかしいなあ・・・と、思い出浸り型の私たちは、なかなか荷造りが進まず・・・。

24年後の新年にあたって、私は教師にはなりませんでしたが、一人のおとなとして、こどもたちに対する思いは、今も変わりません。さっきの紅白歌合戦で、吉永小百合さんが朗読された詩、さだまさしさん、森山良子さんの歌。いろいろ考えさせられたときにこのメモが出てきたのは、何だか運命的です。今日は、その詩をご紹介したいと思います。

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“私が先生になったとき  伝・宮沢賢治”

私が先生になったとき
自分が真理から目をそむけて
子どもたちに本当のことが語れるのか

私が先生になったとき
自分が未来から目をそむけて
子どもたちに明日のことが語れるのか

私が先生になったとき
自分が理想を持たないで
子どもたちに一体どんな夢が語れるのか

私が先生になったとき
自分にほこりを持たないで
子どもたちに胸を張れと言えるのか

私が先生になったとき
自分がスクラムの外にいて
子どもたちに仲良くしろと言えるのか

私が先生になったとき
ひとり手を汚さずに自分の腕を組んで
子どもたちにガンバレ、ガンバレと言えるか

私が先生になったとき
自分が闘いから目をそむけて
子どもたちに勇気を出せと言えるか

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